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ひとりぼっち、という感覚には慣れているはずだった。
でも、心細いのは何故だろう。
恵は、鉄格子の先にある廊下の床をぼんやりと眺めていた。
もう、ここに入れられて、何日経つのだろう?
食事が運ばれてきたは……どれくらい前?
時計も日の光もない場所。
たまに響き渡る、靴音。
静かすぎて、時間の経過が分からなくて……こうやってひざを抱えて座っているのにも、飽きてしまった。
かといって、考えなければならないことなんて、何もなかった。
捕まってしまったのは、最大のミスだった。
逃げ切れなかった自分がくやしかった。
親のいない恵は、施設で育った。
普通なら、この少子化の世の中、子供は義務教育を終える前までに、子供のいない家庭に引き取られる。
でも、恵は違ったのだ。
中学を卒業しても、誰も引き取ろうとはしなかった。
働こう、とは思わなかった。
どこへいっても、自分の過去や生い立ち━━施設で育ったという理由だけで、周りの目は冷たかった。
何もかもが、いやだった。
捕まるなんて、ごめんだった。
中学を卒業して、高校にいくことをやめて遊び歩いている恵を見かねて、施設を経営している園長夫妻は、恵を養女にした。
でも、そんな人たちを本当の両親のように思えない。
思ってはいないけれど、迷惑をかけるのはもっといやだった。
だから。
数人の警察官に取り押さえられた時。
もう何もかも、すべて終わりだと思った……。
この先どうなるか、分からない。
だから、今。
恵は、拘置所の中にいる。
きっと、どこかの刑務所に入れられるだろう。
誰も信じたくない。
園長夫妻も、恵を籍から外した。
でも、苗字は必要だからと、決められた苗字は「工藤」だった。
恵は、工藤恵になった。
家族はいない。
この世の中にひとりぼっち。
誰も分かってくれない。
何もかも、どうなっても良かった。
━━あの日、あの人に出会わなければ……。
カツカツ、とヒールの音。
冷え切った廊下に、足音が響く。
誰か、来たんだな……。
足音はだんだん、近づいてくる。
そして、恵のいる牢の前で止まった。
どうして……?
恵は顔を上げた。
誰が来たのか、知りたかった。
そこには、留置所には不釣合いの女が立っていた。
黒のハイヒールにベージュの網タイツの足が見えた。
上着は真っ赤なコートで━━ウェーブがかったロングヘア、黒のサングラス。
この場所にはその格好はあまりにも派手だった。
おまけに、きつい香水。
この女の人は、どうしてここにいるのだろう?
「工藤恵、だな」
名前を呼ばれ、驚いて恵はその女の顔を見た。
サングラスで表情は読み取れない。
「そうだけど」
こんな鉄格子越しに話す必要があるのだろうか?
心あたりはないが、万が一面会だったとしたら、面会室に案内されるはずなのに。
「出るぞ」
「え?」
突然言われた言葉の意味が分からなかった。
出る?ここを?どうやって?
「詳しいことは言えないが、釈放だ。立て」
なんだかよく分からないが、この女は恵をここから出してくれるらしい。
どうして出れるのかなんて、考える余裕がなかった。
もしも、そのとき。
そこまで考えることが出来たら。
きっと、もっと違う未来があったかもしれない。
でも、恵は迷わなかった。
誰も信じないと決めたのに。
恵はそのまま、その女の後を着いていった。
もしかして、極秘の脱走かと思ったけれど。
それは違った。
その女は正々堂々と正面玄関から恵を連れ出した。
その場にいた職員は、何も不信に思わなかったらしい。
恵は、久々の外の空気をかみしめたくて、思いっきり深呼吸した。
外は、明るかった。
まだ午前中なのだろうか?
「私は、西崎月子だ」
女は、恵の方を見ずにそう言った。
「以後、お前に関わることになる」
そういうと、月子は、道路に止めてあった車を指差した。
「釈放された理由は、私からは言えない。その車に乗ってそのまま指示に従うんだ。逆らうことは許されない」
ここにきて、恵は自分がどういう状況におかれているのか理解しはじめた。
どうやら、恵を釈放したのは、そうとう権力がある人間らしい。
でも、どうして、自分が釈放されるのか理由がなかった。
恵は天涯孤独で、財産と呼べるものは何も持っていない。
新手の誘拐だろうか?
「後日会うことになるだろう。じゃあ」
そういうと、月子はもう一台止めてあった赤いスポーツカーに乗り込んだ。
どうやら、あの派手な車が月子の車らしい。
恵は。
この場から逃げても、無駄なことを悟った。
そして、その黒い車に乗り込んだのだった……。